私の社も災害当時は大混乱の外観を呈していた。
夕刊の文章は急ピッチで差し換えられ、街頭で号外を配ったのを今でもてんで昨日の意味のように思い起こす。
それでも尚、直接的に外傷を受けたり惨事を味わった自分にしか思い付か生身の苦しみと修羅場というものがあったことには食い違いない。
「こういう大事なものを……」
書面の用事が遺書と分かった前、あたいは探るに耐えられなくなった。果たしてどうして、自分だけがよむことを許されたのだろうか。
「お上にわびられたよ。合格ヒトには見せてやってくれとね」
あくまでもそれはダディーの本意ではなかったようだ。
「この度は……貴重なものを観賞させていただきまして、ありがとう」
あたいは、かなり他人の墓を掘り起こしてしまったような一筋だった。
今一度、あたいは実の兄の形見を手渡されたときのように書簡の中に収めて元あった状態に戻し、今となっては存命を果たした唯一無二の弟でもいらっしゃる採用担当者に粛々とわびた。

断捨離、ミニマリスト、回収のニュースを読んでいると、客間の散らかりは心の散らかりらしき。
だからこちらは、自分がなに物質かわからないでいたのか。
そりゃあ、窮する。
ボクと立ち向かう課題。こちらはどなたか。わたしの理想はなんなのか。
こちらは、親切で通常があって知能があって心の優しいお客様に望む。
暖かい特異を保ちたい。刺々しいことは効くたくない。
容易い人類でいたい。人の苦痛がわかるような。
でもそれは、まずまず苦しい粗筋です。
客間を片付ける結果、自分がどのようなお客様に望むかを見つける粗筋らしい。
こちらは、外側よりもメンタルを磨きたい。
こちらは親切で通常があって知能が会って心の優しいお客様に望む
それでおセレブリティにも望む
軍資金はすでにあるが、高慢ちきな人類にはなりたくない。
強欲な人類にもなりたくない。極端なお客様にもなりたくない。
バランスの取れた、ちゃんとした人類に望む。
まっとうな人類になるのが恒久の理念です。
客間を取り去ることは、そうした理想のボクと向き合う課題らしき。